スピリチュアルは妄想?

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スピリチュアルは妄想?

妄想とスピリチュアルの話。

霊が話しかけてくるとか、覚醒体験をした!という話を見聞きしますが、こういうスピリチュアル体験は、果たして本物なのでしょうか?

それとも、ただの妄想なのでしょうか?

 

結論から言えば、半分以上は妄想です。

霊はいますし、覚醒体験もあります。

しかし、それを経験したという報告は、疑ってかかる必要があります。

 

実は、スピリチュアルな体験と呼ばれているものは、3種類あります。

1.精神病的な妄想・思い込み

2.サイキック能力が強いことによる、霊界とのコンタクト

3.本物の霊的体験

この3種です。

 

半分以上のスピリチュアル体験は、精神病的妄想

まず、精神病的な妄想について説明します。

多くの場合は、統合失調症、もしくはそれに違い状態から生まれる症状です。

統合失調の状態になっていると、自分の思考が他人の声であるかのように感じられます。

でも他人としての身体が見えるわけではないので、それを霊の仕業だと判断するのです。

治療を続けて、医師の話を信頼している場合は、病気からくる幻聴だと納得できますが、そうでない場合、霊が話していると思うのも無理ありません。

 

統合失調症です、と、診断されるほどではない普通の人でも、ひどく疲れているとこういう状態になることもあります。

また、人によっては、自分というものの定義が狭く、ゆえに自分の中の思考が、よそからのものだと感じている場合もあります。

こうした状態は、医師によっては精神病・精神障害の診断と見る可能性があります。

 

このように、大半のスピリチュアル体験報告は、ただの思い違いです。

ポイントは、実際に霊とコンタクトしているわけではない、ということです。

霊だと勝手に思っているだけ、つまり思い込みです。

スピリチュアルとは何の関係もありません。

 

サイキック能力を介して霊とつながっている場合

二番目は、実際に霊とコンタクトしている場合です。

人間には、五感だけでなく、サイキックとよばれる能力があります。

これは、物質次元ではない領域を感じることのできる感覚です。

ようするに霊能力です。

 

これが強い、あるいは訓練した人は、「あちら側」とやりとりできます。

メッセージを受け取ったり、また、会話することも可能です。

相手は、先祖だったり、人間以外の霊であったり様々です。

 

信じがたいかもしれませんが、これは事実です。

昔から、どの文化にもイタコはいました。

歴史上、霊能力の強い人が、権力者に重宝され、国の行く末を決める指針になっていたことも、記録に残っています。

サイキックは、人間にもともと備わっている能力であり、現代にだけいなくなる理由はありません。

 

注意して欲しいのは、サイキックで関わる霊たちには、危険な存在もいるということです。

人間にいろんな人がいるように、さまざまな種類がいます。

中には極悪人もいるというわけです。

聖書などでは、悪霊と呼ばれていますが、人間をだまして楽しんでいる霊たちは実際にいます。

肉体がないというだけで、中身は極悪の詐欺師なのです。

神や宇宙人を語って、人を惑わすのが、何千年も前から流行っています。

なので、「霊のメッセージ」だからというだけでありがたがるのは考え物です。

 

よい霊もいるのですが、これまた人間で言うと「人格者」レベルであって、地球にはない叡智をもっているわけではありません。

彼らの言うとおりにがんばっても、彼らの世界で「出世」するだけで、スピリチュアルの本質には連れて行きません。

なぜなら、彼らはそれを知らないからです。

つまりこれは横道です。

スピリチュアルの本質とは異なります。

 

もう一点の注意は、サイキックでコンタクトしているその霊が、いつも同じとは限らない点です。

電話をイメージして下さい。

電話口では、相手の姿は見えません。

その人が、本人である証拠は、声でしかありませんよね。

でも、同じ声、同じ話し方で、別の人に変わってしまったらどうでしょう?

違いに気づけるでしょうか?

無理ですよね。

これと同じで、サイキックの人自身は、いつもの霊と話しているつもりで、実は別の霊に変わってしまっている、ということがあります。

危険な霊と交代してしまっている可能性が、常にあるということです。

 

サイキックの領域は、我々がいる物質世界とはまったく違う法則で働いている領域です。

何を扱っているか、サイキック本人もわからず、常に危険をはらんでいます。

イエスも、ブッダ(お釈迦様)も、そっちには行くなと教えました。

サイキック領域はない、とは言っていませんが、避けなさいと言ったのです。

仏教、キリスト教など、伝統的な宗教で、魔術や占いの類いがNGなのは、ここに由来しています。

答えにはたどりつかない道だからです。

 

本物のスピリチュアル体験とは?

いよいよ本物の話をします。

本物のスピリチュアル体験は、精神病ともサイキックとも違います。

ただの思い込みの妄想でもないし、何かの霊とコンタクトしているわけでもありません。

 

では何なのか?というと、これは、神(生命力)のエッセンスそのものを感じた体験です。

我々人間は、普段はおしゃべりな自我により、内在する神を感じることができませんが、何かのきっかけで、あるいは唐突に、それを感じる瞬間があります。

それは、霊のような相手がある類いのものではなく、自分の中で起こる経験です。

 

例えば、スーザン・ホーキンズはこう語っています。

ベッドで目が覚めたら、部屋の隅に光のボールのようなものが見えて、それが私に近づいてきました。それは生きている存在のように感じられました。そしてそれが私の中に入ってきたのです。その時から私の人生はまったく変わってしまいました。・・・なんと言っていいのか分かりませんが、それは表現することができません。

 ー 出典:Dr. David Hawkins 2009 Lecture Series, Veritas Publishing

 

これは、光のボールとして霊がいたわけではありません。

視覚は脳の化学反応に過ぎませんから、彼女の中で起こっていることが、視覚野に影響を与えただけの、副産物に過ぎません。

大事なのは見えたものではなく、感じた感覚のほうなのです。

そして、その感覚は言葉での表現を超えています。

 

このような体験は、彼女だけに特別なことではなく、時代や文化を問わず、さまざまな人たちも同じ体験をしてきた報告があります。

どの神を信じていようとも、同じなのです。

なぜなら霊的真実は一つしかないから。

信じているものが何だろうと、体験する霊的真実は一つなのです。

これが、覚醒体験です。

 

悟った!覚醒した!の嘘

ネット上でたまに、「覚醒体験」の話がでてきたりします。

これはどうなのでしょうか?

グッと感覚が広がって地球とひとつになった感じがした、「みんなひとつ」のワンネスを体験した、果てには「悟りを開いた」とか言ってますが、どうなのでしょう?

 

これらは、本物の覚醒体験とは異なるものがほとんどです。

上で言ったように、本物は言葉では表現できない感覚です。

 

たとえば、地球とひとつ、というのは、イメージでしかありません。

すべてのものは一つですから、肉体感覚がなくなると、物理的な別々感はなくなって当然です。

私も、長くカゼをひいているときに、プリンタとの一体感を感じたことがあります。

しかしこの類いのものは、ヨガの瞑想の初歩段階で感じられるものであり、覚醒体験とは異なります。

 

ワンネスを体験系は、本物である場合はあります。

悟った系も、体験自体は本物かもしれません。

単に、当人がそういう言葉で表現しているだけのことです。

ただ、それだけでは実際どうなのかは判断不能です。

 

ようするに、「覚醒した!」という言葉が安易に使われすぎている、ということなのです。

これは、アメリカ発のスピリチュアルマーケティングの産物に過ぎません。

私は目覚めましたと言えば、儲かります。

スピリチュアルな話が腑に落ちただけで、覚醒と呼んでいる人もいますし、ちょっとした霊的体験で目覚めたと言う人もいます。

勘違い君は、悟ったと豪語してしまいます。

 

本来の「覚醒」というものは、意識レベル600で測定されます。

600以上は、「悟り(エンライトメント)」です。

つまり、覚醒した、悟ったと言うからには、その人は意識レベル600を超えていなければなりません。

垣間見た(一時的に体験した)だけでは、覚醒体験とは呼べますが、その人が覚醒者だとは言えないのです。

 

ところが、意識レベル600以上の悟った人は地球上に11名しかいないことが判明しています(2014年12月時点)

これが、ほとんどの「悟りを開いた」というのが嘘であると言える根拠です。

彼らは社会的に無名であるとも判明しており、スピリチュアル界で著名な人たちの中には、一人もいないのです。

中には、悟ったと言ってだます詐欺師(偽のグル)もおり、特にインドでは大活躍しています。

 

覚醒しました!と言う人自身が目覚めるべきなのです。

自分が勘違い君であることに気付いて欲しいです。

真理はその先にあるのですから。

様々な霊的体験をしても、「これは違う」と追求していったお釈迦様を見習いたいところです。

悟りについて詳しくはこちらの記事へ。

 

というわけで、本物以外はありがたがるのはやめてください。

不確かなものについて行くのは、賢い人のやることではありませんから。

 

私のスピリチュアル体験と、まとめ

私の場合、うつ病が癒やされたときに感じた感覚があります。

あれは啓示と呼ぶにふさわしい感覚でした。

その時、うつ病の元であるPTSD(トラウマ)が消える感覚があり、また、「心に抱いた思いが現実化する」というのが真実であることが、感覚として分かりました。

あとでキネシオロジーテストで測ったら、この体験の意識レベルは500ちょい上であると判明。

これはこれで素晴らしい体験なのですが、覚醒ではないし、悟りとも違うのです。

単に、奇跡的な癒やしです。

 

まとめると、

・多くは報告そのものが思い込み

・一部は霊とのコンタクトに過ぎない

・別の一部は勘違い報告

・ごく一部だけが本物の覚醒体験

ということです。

 

おまけ:本物かどうか見分ける方法

覚醒体験が本物かどうか見分けるためには、いくら報告を調査してもムダです。

なぜなら、本人の体験でしかないからです。

しかし、これを調べる方法が存在します。

キネシオロジーテスト(筋反射テスト)というものです。

 

キネシオロジーテストを正しく使うと、これまでに起きたことはすべて判定することができます。

嘘と真実を見分けることができるのです。

このキネシオロジーテストについては、こちらの記事をご覧下さい。

 

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2 comments on “スピリチュアルは妄想?
  1. かよ 2016年7月30日 10:38 PM

    このサイトを隅から隅までを貪るように読んでいます。感謝しています。
    さて、地球上で悟った人は11人(2014年時点)で、しかも全員が無名な方ということですが、
    エックハルト・トール氏や、日本の大川隆法氏、美輪たかひろ氏の意識レベルはどのくらいなのでしょうか?数々の書籍の内容自体はたいへん常識的(大川氏の霊言集は除く)な感じがするのですが。。。

    • 江上知幸 2016年8月18日 8:47 PM

      おまたせしました。

      悟りのレベルの話は、常識的なものとはまったく異なります。

      表現もさまざまで、
      ものによっては全く「愛がない」と、勘違いする人もいるくらいです。

      それを、一般的・常識的レベルでわかりやすく話すと、
      道徳になるわけです。

      なお、挙げている人々の意識レベルは、測っていないのでわかりません。

      それを差し置いて言えることは、
      彼らの発信内容から判断するに、特別視するほどではない、ということです。

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